旅の思い出 猪熊弦一郎美術館とPASMOと私

2021年 4月 6日 午後4時前、母にプールに行ってきますと声をかけたら、

「わかりました。すぐに庭の植木に水をやります。」と母は答えた。

完全に寝ぼけていると思い、静かに玄関の鍵をかけた。 今日は寒い。

そんな母だが、今朝は、私に、もうじき固定資産税の通知が届くから払ってきてほしいと、そう言った。

何もかも忘れているわけではない。

椿IMG_6544.JPG四国村で。 椿が綺麗だった。

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高松は暖かいせいか、ジャーマンアイリスも満開。

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猪熊弦一郎美術館

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藤田嗣治との間で交わした書簡が面白かった。 内容も笑ってしまうくらい楽しいものだし、挿絵?も素敵だった。

藤田は随分と猪熊さんを気に入っていた。

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ミュージアムカフェで休憩。 ぼんやりと外を眺めていて、あっ、あれはイサムノグチの作品だと気がついた。

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あの卵石の小型バージョン。 猪熊さんとイサムノグチはほぼ同年代。 面識もあった。

藤田は終戦後、日本を捨てざるを得なかった。

イサムノグチは日本語は片言しか話すことが出来なかったが、戦争中は、日系移民収容所に入れられた時期があり、ご苦労であったろうな、などと思ったが、日本にも居を構えたが、ホテルに置かれた追悼文集の書籍によれば、どこにも帰属しなかった、と書かれてあった。

コスモポリタン。


猪熊さんが亡くなられた時は私は36歳。

イサムノグチが亡くなられた時は私は31歳。

当時は全然知らなかった。 私の30代って、いったい何をしていたんだろう、などと思う。

ただただ、真面目に働いていたんだ。


閑話休題: 

高松では、JRも琴電もバスもPASMOが使えた! 

実は去年の9月、丸亀駅で私は券売機の前で途方に暮れた。 どうしてもわからない。 普段、パスモでピッとやるだけで電車に乗っていたので、複雑な?券売機の前で困った(新幹線のチケットも買えるやつ)。

つくづく、世の中便利になると、人間は、というより私は退化した、と思った。

丸亀駅改札IMG_6571.JPG

どうよ、これでピッよ。

高松空港リムジンバスで、チケットを買うの忘れたと言ったら、交通系ICカードないの?と運転手さんに言われて、パスモしか持っていないと答えたら、使えるよ、と言われてびっくら。

高松で使えるのだから、多分、日本中使える?



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