「失われた時を求めて」全巻読了

2021年 1月 26日 今日、「失われた時を求めて」最終第14巻を読み終えて、これで全巻読了とあいなった。

不思議な読後感で・・・

例えていえば、すごく大きな、はるか上空から見なければわからいくらいの円のコースを走っていて、最後に気が付いたら、元に戻ってきた、みたいな感じ。

「私」は文学作品を創り上げると決意して終わる。

プルーストの享年は51歳だから、やはり、健康上の不安を抱えていたらしく、作品を完成するまで自分の命が持つだろうか、と不安に思いながらも決意を固める。

「私」は長いお暇(病気療養)の後(20年後)に昔のサロンへ出かけて行き、少年の頃、影響を受けたスワンの孫娘に対面する最終場面では、読んでいる私でさへ、しみじみと時の経過を感じた。


これから読んでみようと思う方々へ。

どうぞ、決して途中であきらめずに読み進めてください。 休んだり、斜め読みはなさらいように。

美文調と言ってしまえばそれまでだが、修辞的フレーズ、比喩を厚くまとった文章は、始めのうちは、私の場合、主語がわからなくなったりしたが、そのうち慣れます。

づっと同じシーンが描かれて、飽きたりもしますが、時々、はっとする表現が随所にみられて心打たれます。


以前、新聞で紹介されましたが、吉川一義の訳は素晴らしいです。

注釈も的を得ているし、ヒントにもなる。 

図解や写真も豊富で当時の19世紀後半から20世紀初頭のフランス生活や文化が思い描けるようになっています。

本の表紙にはプルーストが描いたいたずら書きみたいな絵が飾られています。

その絵がなんだか可愛らしい。 


今日は何だかぼんやりとしてしまった。


写真は昨日撮影したロウバイ。

IMG_5947.JPG

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IMG_5940.JPG

新型コロナに悩まされた2020年は「失われた時をもとめて」とづっと一緒だった。

これだけは忘れまい。

追伸:午後から大根を掘り上げた。 午前中は1月の風呂掃除を終えた。

大根14号&15号2021.1.26.JPG

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この記事へのコメント

keiko
2021年01月26日 22:45
読了おめでとうございます。バトンは私が(も?)受け取ります。
集英社から文庫で全訳(鈴木道彦訳)が出て飛びついてしまいましたが、4巻目くらいで長い長い中断。浮草さんの時折の断片に触発されて再開です。
今度は図書館で岩波版を借りて最初から読んでみます(岩波の14巻が出たのは2019年11月?、最近なのですね)。

「時々はっとする表現」はよく分かります。
「私」がある婦人に「あなたはスノッブだ」と言うと、その婦人から「自分がスノッブだからそれに気づくのだ」というようなことを言われましたね。
それを読んでからというもの、たとえば現実に巧妙な小意地の悪い場面に出くわしたりすると自分にもそういう要素があるからそれに気づくのだろうと思わざるを得ない、今でもそんな具合です。

自家製のお野菜をこうして次々たくさん召し上がっている限り浮草さんにもお母様にもコロナは寄り付かない気がします。
obasan
2021年01月27日 20:19
keikoさま、こんばんは。
コメントのような高尚な会話をしたことがありません。
でも、スノッブが全く無い人っているでしょうか?
多少なりとも、皆あると思います。
度が過ぎると鼻につくけれども。
いつも素敵なコメントありがとうございます。