不寛容で狭量 私は嫌な女である

2011年 4月 11日 月曜日 たぶん晴れて暖かい(これを書いているのが10日である) 明日は朝から掃除をして、早やお昼を食べて、父の病院へ午後1時半の予約時間までに行かなければならない。

なんだか最近、マイナス思考なのだが、どうしても書きたいので書いておく。

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白い花ニラに散り始めた木瓜の赤、花ニラの緑、おだまきの青緑の葉。自然の色合わせが美しい。

最近、母にも言ったのだが、46歳ぐらいから始まった更年期障害がどうやら終息の気配なのだ。むやみやたらに顔が充血したように赤くなったり、蒸気が昇るほどの汗かきが無くなった。今年の長くて寒い冬のせいだけではない。一時期、ひと冬タートルネックのセーターが着られないことがあった。首に汗をびっしょりかいてしまうから。

先輩だった人から、「あなたって若い時から薄着だったけど、相変わらず薄着ね、季節の先取りファッションね」と言われる度になんだか、無性に腹がたった。

今年最初のキンセンカ
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母の茶話会仲間に、あるご婦人が5~6年まえから加わるようになった。私はこのご婦人が嫌いだ。 でも、大人なので、母が我が家にこのご婦人を招くときにはきちんと挨拶をし、母に言われる前にお好きなコーヒーをお出してして、どうぞ、ゆっくりしていらしてください、とにっこり微笑んで自室に下がる。

でも、嫌いだ。

去年、母はこのご婦人と二人で泊まりがけの旅行に出かけた。その時、私は、母にあまり、この方と深い関わりあいを持たない方がよいと忠告したことがある。

我が家の土地は、借地だった。私が中学生のころ、当時地主であった、この方と亡くなられたご尊父から借地契約が切れる少し前に土地を買って欲しい旨、申し入れがあった。

当時としては、法外な値段で、両親はまず、登記所に行って、土地をきちんと調べたら、なんと銀行の抵当権に入っていて、両親はそのコピーを持って、あまりに、人を小馬鹿にしたような話に抗議した。

長くなるから、はしょるけど、それから、現在のこの土地が正式に我が家の物になるまでのバトルは今もまざまざとよみがえる。当時、このご婦人の家の勝手口が我が家の前の道のすぐそばにあり、学校から帰るときに勝手口で時折ばったりと顔を合わせることがあったが、その時に、これ以上悪意のある顔ができるものかと思われるほど、(その顔は般若の面のようであり、)睨みつけられた。中学からの帰途は憂鬱に変わった。

それがトラウマになったという訳ではないが、そのあと、道(私道)も購入してくれなどと言われたこともあり、両親がものすごく苦労していたのを覚えているので、嫌いなのだ。

母はもう、昔のことは忘れたと言う。 今はとっても良い人なのだそうな。たしかに、夜、救急車を呼んだりすると、わざわざ出かけてきてくださる。

でも、嫌いだ。 大体、人間の本性はそうそう、変わるまい、というのが私の考えなのだ。

私に「恩讐の彼方に」ということは起こり得ない・・・

私は執念深い・・・

私は不寛容である・・・

私は狭量でもある・・・


要するに嫌な女なのだ。

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この記事へのコメント

なまぐり
2011年04月11日 10:09
過去にひどい事をされたのだから、嫌うのは人として当然、むしろ正常な感覚だと思います。人間はみんな好き、なんておかしいですよ。家族を大事にされ、自然を愛でて、日々の生活を丁寧に過ごしていらっしゃる貴女は、大げさかもしれませんが私の目標です。
かめごん
2011年04月11日 14:49
正直だなぁ。
でも、大人だからきちんとそつなく接する節度ふまえつつ、、、でも、でも、やっぱり正直だなぁ。狭量というより、なんかサッパリとしたもの感じますけどね。病院通いお疲れ様です。明日またねー。お花いつも綺麗です。